津波の被災地へ その3 <宮城県 前編>

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東日本大震災において、最大の直接的犠牲者数が出てしまった宮城県。
それを乗り越えて、復興への取り組みは確実に進んでいるようでした。
 
 
 
松島を西から臨む、七ヶ浜町の小さな港、代ヶ崎浜。
新築の住宅も建ち並び、比較的順調な復旧がなされている様子でした。
 
地区の空を元気に舞う鯉のぼりが象徴的です。
 
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仙石線が通っていた東松島市の東名駅。
 
この路線に限らず、被災した地域を走る鉄道では、架線そのものが撤去されていました。
 
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その東名駅からほど近い海岸端。
 
この浸水した先には、養護施設「不老園」が建っていました。
高齢者にウリのはずだった立地や建物の構造が裏目に出て、致命的な被害につながってしまったとか。
無念としか言いようがありません。
 
5月になっても一枚の葉を付けない木。
間もなく切り倒されてしまうのでしょうか。
 
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牡鹿半島の南端にある捕鯨で有名な鮎川港。
これまでにも幾度となく訪れた思い出の地も瓦礫に埋もれていました。
 
必ず立ち寄った「プラザサイトー」。
またいつか、ここの海鮮丼定食とクジラの干肉が食べられることを願うばかりです。
 
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女川町の高台にある病院からの眺望。
 
遠くに見える海が、船や自動車や建物を巻き込みながら、この足下まで襲って来たということ。
 
同時に、すぐ隣にある原発を誰もが心配したのではないかと思います。
 
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石巻市の雄勝地区。
 
山裾に建っていた天雄寺と解体される雄勝中学校の校舎。
 
川の大小に関係なく、扇状地形の場所ではいずれも大きな被害になっています。
 
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たくさんの小さな命が失われる悲劇が起きた、石巻市立大川小学校。
 
滞在したわずかな時間にも、慰霊に訪れる方と復興工事のダンプカーの列が、途切れることはありませんでした。
  
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※写真にはGPSデータ(位置情報)が付いています。
 
 
 
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