津波の被災地へ その6 <岩手県 後編>

投稿日:

釜石市から宮古市にかけての小さな港町では、陸前高田市と同じように街がまるごと流されている地域が目立ちます。
 
それらの多くの町では、復興が必ずしも順調に進んでいるとは言いがたい様子でした。
 
 
 
山田線の大槌駅だったこの場所は、地理的にも町の中心部に位置しています。
 
そこから四方の景観は、いずれも遠く山裾まで殺伐としていました。
 
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破壊され散乱する墓石は、あの日のままなのかもしれません。
 
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大槌町の北に隣接する山田町。
 
ここでも、街の大半が失われる状態になっていました。

重要なインフラすら修復されずに、もう二年以上が過ぎているようです。
 
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それでも、仮設の商店街や港の魚市場も営業を再開し、一部とはいえ復興への一歩が踏み出されているようでした。
 
時間があれば、奥のもんじゃ焼きのお店に寄りたかった…
 
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いよいよ、最後の訪問地、宮古市へ向かいます。
 
その途中にあった、防潮堤の痛々しい傷跡。
 
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宮古市内を津波が襲う瞬間の衝撃的な映像。
だれもが記憶にあることと思います。
 
大量の水があふれ出した閉伊川河口の防潮壁。
左の建物がその映像が撮影された宮古市役所です。
 
そして、流された漁船が衝突した国道45号線の橋は、今も修復作業が続いていました。
  
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港の先端にある、道の駅「みやこシートピアなあど」。
 
被災のため、プレハブの仮店舗による営業が行われています。
 
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宮古湾内では、すでに復旧の済んだ真新しい岸壁が、大海の波を受け止めていました。
 
こうして再生への基礎が整った地から、復興への歩みが力強く加速されていくのでしょう。
 
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さて、スクーターバイクで走りながら目にした津波被災地の、” いま “。
 
復興への地ならしが進む一方で、被害を受けた方のご苦労は現在も変わらず続いていると思います。
 
特に、津波と原発事故に苦しむ地域の現状。
復旧への一歩すら見えない” いま “を目の当たりにしたとき、
 
 - がんばれ、東北 –

その言葉しか思いつきませんでした。
 
 
 
※写真にはGPSデータ(位置情報)が付いています。
 
 
 
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